あらゆる制度はいずれ自己目的化し退廃してしまう

 

去年、北京に旅行に行き故宮を見て回った際に科挙の最終試験の場所を間近で見て以来、頭のどこかで「科挙」がずっと引っかかっていて、やっと読む機会がやってきた。

 

北京旅行記(とにかく厳かな「外朝」)

 

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「科挙」というと、中国で行われていた役人登用試験ぐらいの知識しかなかったが、読んでみると想像を絶する世界であったのと、制度の始まりから終焉までを見ていく中でどのように「制度」が崩れていくのか、俯瞰的に見ることができた。

 

科挙は貴族中心の地方分権国家から中央集権国家へと変遷した土台となった制度であり、中央政府が貴族と戦うために武器として案出されたもので、584年に制定され、1904年に廃止されるまで約1300年も続いた制度である。

 

1300年も続くとその弊害は我々の想像を絶する。試験勉強は生まれる前から始まる。妊婦はいかがわしい食べ物は食べず、不愉快となる色は見ないようにしていたようだ。暇あれば詩経を読んでいた。つまり現在でいう胎教を何百年前からやっていたのだ。

 

3歳ぐらいから家庭教育が始まり、8歳ぐらいから初等教育がスタートし寺小屋などへ頼み込んで入れてもらう。もちろんお金がかかることなので、貧乏人にはそんな余裕がない。

 

試験は県試→府試→院試→歳試→科試→郷試→挙人履試→会試→履試→殿試→朝考→散館考試・・・・2、3回ぐらいかと思ってたけど想像を絶する回数!これは当初からこれだけ試験していたわけではなく、不正をなくすために試験の上に試験を重ねた結果である。

 

この各試験も不正をあぶり出すための仕掛けだらけ。試験を審査する側も大変である。答案作成速度を知るために1時間すると係員が答案の書けたところまで印版を押し不正かどうかを確認したり、筆跡で採点員が不正をしないように解答用紙の内容を一度書き写してから採点する。また、所持品検査で見落としてしまうと厳罰をくらい、不正を発見すると褒賞がもらえたりする。ケースがひどい場合は審査側の不正が明るみになると死刑になるケースもあったようだ。とにかく人力であらゆる可能性に対して手を打ち、それをいかに打ち破っていくかという受験生のいたちごっこが1300年も続く。

 

試験も終盤に入ると受験生をふるい落とす意味合いから少し変わり、十分な学力があることを確認することが第一になってくる。殿試では天子が自ら審査をすることもあり失態を演じさせないように、またこの時点で替え玉が発覚しないような位置付けになってくる。大企業の就職試験の最終面接みたいなものなのかもしれない。

 

こうやって、元々は士農工商から優れた人材を登用して中央集権体制を強化する目的で始めた科挙がいつの間にか、試験を公正に行うための試験になってしまい本来の目的が薄れてしまい労力のほとんどを不用な事に割く状況となったところで、欧米からの文化が流入し最終的には制度が崩壊する。

 

身近なところでいうと、我々が少なからず経験した受験戦争というものはまさにこの科挙の日本版である。受験戦争は日本だけではなく、韓国やシンガポールも同じく受験戦争というものがある。時間・国境・人種を越え世界共通なのである。だからそれに熱狂するものもいればそれを批判するものも現れながら変遷し、複雑化され廃退していく。

 

制度だけではない、人間が作るものはなぜか有形・無形に限らず必ず限りがある。それでも人間は良い状態にいる時にはそれがずっと続くものだと思ってしまう。それは一人二人ではない、何千・何万人の人がこれまで同じ過ちを繰り返しているのである。歴史から学べる事は本当にたくさんある。

 

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masaki

神戸で働く、ITエンジニア   IT×グローバル×医療で世の中に貢献できるよう、日々奮闘中。 スポーツと海外旅行が趣味です。