人間は基本的にアホである

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色々な本を読んでいると時々紹介されて出てくる本があり、それがこの「失敗の本質」になります。

 

戸部 良一,寺本 義也,鎌田 伸一,杉之尾 孝生,村井 友秀,野中 郁次郎 中央公論社 1991-08
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by ヨメレバ

 

この本は第二次世界大戦における、ノモンハン事件、ミッドウェイ海戦、ガタルカナルの戦い、インパール作戦、レイテ沖海戦、沖縄戦を題材に

 

戦争遂行の過程に露呈された日本軍の戦史上の遺産(失敗)を問い直す本になっています。

 

爆弾で死ぬ人、自決する人、餓死する人、溺れ死ぬ人、特攻して死ぬ人と本を読んでいる中でも何万、何十万の人々が死んでいきます。

 

本を読んだ感想は、そんな我々の諸先輩が命を懸けて残してくれた遺産を全く活かしていないこと。むしろ、同じことを繰り返しているのではないかと感じました。

 

俗に言う、「歴史は繰り返される」というやつで、

 

前提として理解しておかないといけないことは、「人間は基本的にアホ」だということです。

 

アホはアホでも「どうアホなのか」ということが少しでも分かれば少しでも役立つかもしれません。

 

それが歴史を勉強することであり、先人の失敗を追体験すれば思い出してどこかで歯止めがかかることもあるでしょう。

 

何がその時代固有の失敗で、何が歴史を通じて繰り返している失敗なのか、この本を読めば本質が代々繰り返している日本人の失敗の本質見えてきます。今の日本社会と比較しながら見てみたいと思います。

 

「分化」できても「統合」できない
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軍隊はご存知のとおり、大きく陸軍・空軍・海軍に分かれています。日本軍も同じように戦う場所によって軍を「分化」していましたが、アメリカと違っていたのはそれらを「統合」ができなかったということです。

 

ウソみたいな話かもしれませんが、そもそもの陸海空軍の仮想敵国が違い、例えば陸軍はソ連、海軍はアメリカと方向性がずれており、

 

逆にアメリカは陸海空軍の間にConflictが発生した場合には大統領が統合者として積極的にその解消に乗り出すほど、「統合」することに注力していました。

 

そうなると、陸海空がミックスされた戦闘になると統合によるシナジー効果を出せるアメリカに対して、バラバラな単発的な攻撃となってしまった日本軍。

 

実際にガタルカナルでは陸軍と海軍でうまく噛み合わず多くの人が亡くなっています。

 

これでは戦う前から勝負がみえているようなものです。

 

今の日本企業もこの「統合」ができないと思っています。日本は各部門で積み上げて個別最適化してしまう一方、海外の企業はトップダウンで判断し各部門がそれに向かって進めていく構造主義システムです。

 

各組織で帰納的に物事を積み上げて方針を決める日本企業と、大きなグランドデザインを掲げて各組織に役割を任せ演繹的にすすめるアメリカ企業。

 

このように、戦争で失敗した過ちを我々は経済の世界においても同じ過ちを行おうとしています。

 

組織に「揺らぎ」がない
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戦争終了直前の時点で日本軍は明治維新から軍隊を作って約75年になっており

 

つまり、もう2代・3代と世代交代を終えた成熟しきった「安定した」組織になっていたわけです。

 

年功序列、暗記と記憶力を強調した教育システム、また大本営は思索せず、読書せず、上級者となるに従って反駁する人もなく、批判を受ける機会もなく、式場の御神体となり、権威の偶像となって温室で保護されるようになっていきます。

 

均衡状態のままの組織では、組織の構成要素間の相互作用が薄くなり、組織のなかに多様性が生み出されなくなります。

 

反対にアメリカでは、エリートの柔軟な思考を確保できる人事教育システム、すぐれた者が思い切ったことのできる分権的システムを作り

 

自己の行動を、絶えず変化する現実に照らして修正し、さらに進んで学習する主体としての自己を作り変えていくことで組織が長期的に環境に適応していくための土台をきちんと作っていました。

 

アメリカは戦闘で失敗すれば軍法会議にかけられ処分される一方、優秀であれば若くてもどんどんトップで活躍できる環境でしたが、

 

日本は戦闘で負けても人間関係を重視して曖昧な処分が下されたり、いくら優秀でも年功序列で昇進できなかったりと組織に流動性を持たせるマネージメントが行われていなかったわけです。

 

これらに関しても言うまでもなく日本企業社会にまだ根強く残っている文化ではないでしょうか。

 

豪華1点主義
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日本の零戦は当時、その長大な持続力、スピード、戦闘能力と世界最高水準を持った飛行機でした。

 

ギリギリまで軽量化されたものでしたが、その素材はジュラルミンを使用したため入手と加工が極めて困難となり大量生産できなくなり戦地にうまく供給できなかったようです。

 

また、熟練したパイロットにしか操縦できないような操縦難度でパイロット不足にも悩まされていました。

 

一方、アメリカは徹底的に標準化をして大量生産をして誰が操縦してもある程度のパフォーマンスが出せるような仕組みを作り

 

零戦に対しては2組で相手をすることによって対抗しました。

 

アメリカは高度な技術を開発してもそれをインダストリアル・エンジニアリングの発想から平均的軍人の操作が容易な武器体系に操作化しましたが、

 

1点豪華で、その操作に名人芸を追求した日本軍の志向とは本質的に異なるものだということがわかります。

 

日本軍は、突出した技術革新を戦略の発想と体系の革新に結びつけるという明確な視点を欠いていたといえるでしょう。

 

日本の工業製品は「機能」だけに視点が向いていないか、なぜ人々がその製品を使うのか、使われていない時はどうなのかなど、多角的な視点で捉えて設計・発想できているかは疑問があります。

 

まとめ
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この本を読んで感じるのは、失敗・成功うんぬんよりも我々にとって第二次世界大戦が非常に無謀な戦争であったということです。

 

さらにいうと何のために戦争を始めたのかも読んでいてわからなくなってきます。

 

おそらく、戦地者がその矛盾に一番向き合い、日々葛藤していたのではないかと思います。

 

我々はこの無謀な戦争で傷つき葬られ、今ある自由と平和の礎となった人々がいることを忘れず

 

今あることに全力を注ぎ、後世の人たちがより良い生活ができるように未来に「投資」をすべきだと思います。

 

先人達は自分のやりたいことを押し殺して、犠牲にして自分の後世に何かを託していたのではないでしょうか。

 

今、「何か」を我慢をして将来のために何かをするという考え方が自分も含めて非常に薄いと感じます。

 

「地球環境」「食料問題」など、色々なところでリーチになっている状況を見て見ぬフリをして

 

先人達の資産を食いつぶして、後世の人達に負債を残すことをしていないか自問自答する必要があります。

 

「人間は基本的にアホ」と冒頭で言いましたが、今回ばかりは「アホ」から少し抜け出さないといけないかもしれません。

 

 

戸部 良一,寺本 義也,鎌田 伸一,杉之尾 孝生,村井 友秀,野中 郁次郎 中央公論社 1991-08
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masaki

神戸で働く、ITエンジニア   IT×グローバル×医療で世の中に貢献できるよう、日々奮闘中。 スポーツと海外旅行が趣味です。